ヨーガを学びはじめて、もうかれこれ15年以上・・・
東京に住んでいた頃は、スタジオや教室でヨーガの講師をしていましたが
最近では誰かに教えるということはほとんどしていません。
けれど、ヨーガの学びは今でも続けています。
そんな私が今、月に一度受けている寺崎由美子先生、通称シータマのヨーガのお話しから
自分なりにアウトプットしていきながら学びを深めていきたいと思います。
健全な精神は、健全な肉体に宿る
ヨーガでは、よく言われるこの言葉ですが
改めて、この言葉はヨーガの本質を伝えているな~と思います。
ヨーガとは本来、美しい身体を作るためのもの、エクササイズや身体の柔軟性を高めるものではありません。
現代のヨーガのイメージは、美しくスタイルの良いモデルさんのような女性が広告塔のようになり、
ヨーガをすると、こんなにも素敵に美しくなれる!そんな入り口からヨーガをされる方も多いのではないでしょうか。
しかし、本来のヨーガの目的、ゴールとは一体どこなのでしょう?
それは、心が穏やかに幸せになること。
つまり健全な精神を得ることです。
健全、健やかな精神とは、不調和のある肉体には決して宿ることはありません。
肉体的に不調があったり、不具合があっては、心が健やかに幸福を感じることはあり得ません。
私たちに親しみのある、ヨーガはアーサナ、すなわち体操のようなものであり
これらは、私たちのフィジカルな部分、肉体を健やかに健康に保つための一つのツールに過ぎません。
シータマは言っておりました。
体操、アーサナは、ヨーガのほんの入り口(窓口)に過ぎません。
自分の肉体を、自分の道具として扱うことに意味がある。
肉体とは、魂の入れ物であり、自分の道具のようなもの。
私たちの心(魂)は自分の肉体を上手にコントロール(操縦)する必要があります。
そして、最終的には私たちの心そのものも、私たちはコントロールしていく必要があります。
怒り、悲しみ、苦しみ、喜びや快楽でさえ、感情にただ振り回され、翻弄され
一喜一憂しながら、まるでジェットコースターにでも乗っているように生きることは
安らかに平和に生きることからは遠くかけ離れてしまいます。
肉体を自分自身ででコントロール、操縦できるということを認識するための窓口のようなもの。
それがヨーガの体操でありアーサナです。
身体のコントロール→心のコントロールへ繋がり
最初のアプローチとなるのが体操。
でも、シヴァナンダ先生がお伝えしたかったことは、単なる体操ではない。
身体を伸ばし、しなやかで強くエクササイズすること、
それはもちろんヨーガの一面からは、ひとつの大切なことでもあります。
しかし、それはあくまでも表面的な一部であり、氷山でいうならば地上に出ている小さな岩の一部に過ぎません。
その奥深く、広がっている広大な景色と知識は、あまり知られることなく、重要視されなくなってしまった現状を見て・・・
シータマは、この数年でヨーガが形骸化してしまったと仰っておりました。
形骸化(中身がなくなった)背景にある理由とは・・・
なぜ身体(肉体)を扱うのか?
その本来のヨーガの本質的な意味を忘れかけている現代。
「グルパランパラ」という言葉は
グル(先生)からグル(先生)へ
そのまた先生から先生へと伝承されていくことを意味するそうです。
先生から先生へ・・・そのまた先生から先生へ伝承していく教え自体が、どこかとても希薄になってしまったのかも知れません。
ヨーガ養成講座(TTC)も今や世界中で手軽に受けられる現在、正しい知恵と教えを伝承していくことは難しくなってきたようにも感じます。
ヨーガの本質とは
ヨーガの本当の学びを大切にしていくこと。
なぜ肉体をコントロールする必要があるのか?
運動(アーサナ)を実践することの意味とは?
アーサナの奥行、そして実践の中に理解が伴っていることが、ヨーガの実践においてとても大切なことであり、私たちがきちんと正しく理解している必要があります。
マットを降りて、改めて考えるヨーガの意味と学び・・・
シヴァナンダヨーガで実践される
12のポーズの意味など・・・
私が感じたことや得た理解など、少しずつアウトプットしていけたらと思っています。
ちなみに「破壊」の神様とされているシヴァ神ですが・・・
破壊とは自分自身のなかにある「無知」
知らないということを破壊し、本当の学びを得られるように助けてくれる
そんな神さま・・・
無知を壊し、正しい知識を得る
「自分とは何?」
「Who am I?」
ヨーガとはその真実を探求する旅のようなものなのです。
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